要旨
多くの生物は、周囲環境から多大な影響を受け、個体自身の構造や機能をその環境に適応させています。一方、社会性昆虫は、巣という構造物を建築し、外部環境が変化しても巣の状態を一定に保つホメオスタシスのしくみを進化させています。彼らは巣の中でコロニーという血縁集団をつくり、様々な役割を分担する階級を分化させ、フェロモンによってコミュニケーションを取りながら高度に組織化された社会を営んでいます。社会性アブラムシには、階級分化(兵隊階級と生殖階級)のほかに、労働分業(巣の掃除は若い兵隊で防衛は老齢兵隊)や生殖分業(子を産むのは生殖個体で無翅型・有翅型の2モルフ)が見られます。アブラムシが誘導する植物ゴールは、植物の適応的な環境応答機構を巧みに取り込んだもので、他の社会性昆虫の巣とよく似た機能を果たしています。近年、社会性アブラムシでは、自分の住まいを補修したり、おばあちゃん個体が孫個体を守ったり、親子間コミュニケーションが子供の将来の進路選択に影響をおよぼすなど、ヒトにも通じる「社会性」の存在が明らかになってきました。本講演では、「世代」と「生物種」を超えた化学コミュニケーションで成り立つ、社会性昆虫であるハクウンボクハナフシアブラムシの社会システムについてご紹介します。コロニーメンバーはいかにして巣内の社会的情報や外部の環境情報を他のメンバーに伝え、階級・モルフの分化率や役割分担を調整しているのでしょうか?フェロモン以外にも、「母性効果(=環境情報の母-胚間伝達)」と「植物ゴールとの異種間コミュニケーション」の役割に注目しながら、コロニーの分業体制を支える階級・モルフ分化の制御メカニズムと兵隊階級における労働分業(清掃vs防衛)の調節メカニズムについてお話したいと思います。
要旨
アリは女王、雄、及び労働アリからなる生殖カーストや、労働アリにおける労働分業カーストを備えた社会性構造を持つ。また興味深いことに我々ヒトを含む他の社会性生物にも共通する高度な社会性行動を示すことが知られている。その生物学的特性から、アリの生来もつ社会性行動や環境適応の生存戦略は他の生物にも共通する行動や環境適応応答の進化・起源を探る上でも非常に興味深く、私は分子生物学的アプローチによりその制御基盤の解明に取り組んでいる。本セミナーでは、特に労働アリにおける労働分業システムに着目し、進化的に昆虫から哺乳類まで広く保存されたオキシトシン・バソプレシンファミリーと呼ばれる神経ペプチドの発現と生理機能を紹介する。労働分業システムにおいて、餌取りなどの活動する老齢労働アリは巣の外で長時間活動し乾燥環境に対する適応が必要であり、その仕組みの一つとして体表炭化水素の発現変化が報告されている。しかしながら、労働アリ個体の行動変化に伴う体表炭化水素の制御機構は不明であった。我々は節足動物におけるオキシトシン・バソプレシンファミリー遺伝子であるイノトシンの発現が労働分業に伴いダイナミックに変化し特に外勤の行動を担う老齢個体で高く発現すること、さらにイノトシンシグナルは炭化水素合成に必須な酵素の一つであるCYP4G1の発現制御により、労働アリの体表炭化水素合成の制御に関わることを明らかにした。本研究は、アリの社会性行動を支える生理状態の変化とその制御メカニズムの一端を示唆するものであり、本セミナーではさらにイノトシンの機能から推測されるオキシトシン・バソプレシンファミリーの分子機能進化についてもあわせて考察したい。
要旨
性の意義や血縁淘汰理論といった進化生態学上の課題を検証するうえで、単為生殖性の生物はうってつけの材料といえる。近年、アリやシロアリといった社会性昆虫においても単為生殖の報告が相次いでいるが、その特長を活かした実証研究に先立って、種ごとの生態情報の蓄積は欠かせない。そこで発表者は、オスが発見されていないキイロヒメアリの生活史を調査し、単為生殖アリの新たなモデル系としての適性を検討してきた。発表では、(1)本種の多女王制という社会構造に包括適応度の観点から説明を与えるモデルの作成、および(2)遺伝的に同一な姉妹から女王とワーカーというカーストの二型が生じるメカニズムの探索、についてお話ししたい。また、本種をはじめとした単為生殖種を用いて進行している他のテーマについても紹介し、皆様からのご助言をいただければ幸いである。
要旨
多くの動物が意思決定において他者を通じて得られる情報を利用している. 配偶者選択や,天敵回避,資源選択などの場面で,他者の行動を模倣することで自ら状況を判断せずとも,最適な意思決定を行うことができる. しかし,常に他者を模倣していれば良いのだろうか? 状況によっては,模倣行動は集団全体として過ちを犯してしまったり,過剰な資源競争に参加してしまう恐れがある. 本発表では,単独性昆虫であるマメゾウムシが,他者から得られた情報に対する反応を,自らが直接獲得した情報と統合して,状況に応じた柔軟な意思決定を行っていることを報告する. また他者情報の利用が,飼育系統と野外系統間で異なっていることから,昆虫における社会的な意思決定の進化について議論したい.
要旨
ススキスゴモリハダニ種群は、ススキに寄生し、集団で共同営巣する社会性のハダニである。社会性といわれる所以は、巣内に天敵(主に捕食性のダニ)が侵入した際、成虫は身の危険も顧みずに共同で天敵を攻撃し、巣内にいる仲間や子供たちを守る行動が、共同保育とみなされるところにある。また、巣内に公衆トイレを設けるなど、人間社会に通じる社会的行動もみられる。こういった仲間に利益をあたえる(または、不利益をあたえない)協力行動は、社会性において不可欠なものであり、真社会性においては、繁殖分業といった、自分は不利益を被りながらも相手に利益を与える利他的行動までもがみられる。一方、相手に不利益をあたえる利己的行動やいじわる行動は、非社会的行動だと思われがちであるが、実は、自分にも相手にも不利益をあたえるいじわる行動は、二次的利他(secondary altruism)とよばれている。本プレゼンでは、ススキスゴモリハダニ種群の社会を紹介するとともに、本種でみられる雄同士の殺し合い行動を通して、協力行動、いじわる行動、血縁選択、そして種分化にかかわるこれまでの研究について紹介する。